レビュー

「動いている庭」デザイナーの本棚 Vol.1

2021.11.19

# シリーズ# デザイナー# ブックレビュー

2021.11.19

本は、最も受け取り手に依存する媒体です。映像や音楽は自然と目や耳に入っていくのに対し、本は読者が手にとってページをめくらないかぎり内容が伝わりません。その代わり、読むタイミングも読むペースも、読み手が自由に決めることができます。そういう意味では、最も能動的な媒体であるとも言えます。だからこそ、どんな本をどんな風に読むかには、その人の感性や思考のクセが表れます。
『デザイナーの本棚』では、社員たちが持ち回り制で思い入れのある本を紹介。書評を通じてプラスディーで働く人々の人柄を伝えます。第一回を担当するのは、デザイナーの加藤です。

「動いている庭」との出会い

僕がこの本と出会ったのは大学生の頃だった。
当時は「デザインの生成プロセス」に特に興味があり、そうした言論/批評が盛んであった基礎デザイン論や建築論の本を中心に読んでいた。そこから言語学や人類学に足を踏み入れると、デザインという行為がデザイナーだけのものではないこと、デザインがありとあらゆるものに介在していることを知った。そうした気づきをきっかけに様々な本を読むようになり、その中で出会う言葉の数々がデザインというものの姿をより明瞭に写した。そんな時に出会ったのが本書「動いている庭」だ。

「動いている庭」はフランスの庭師ジル・クレマンが、庭と自身のプロジェクト『動いている庭』について語った本である。この本の主題は庭だが、その言葉はデザインにも通じている。そしてそれはデザイナーがデザインについて語る時の言葉よりも、もっと深いところでデザインの本質に触れているようにも思えた。

以後、「動いている庭」は書名、『動いている庭』はプロジェクトを指す。

プロジェクト『動いている庭』とは

“人はグリッドなしではまったくやっていけなかった。世界の見かけの無秩序の前で、そうした無秩序を指し示す言葉の数々を探さなければならなかった。互いに結びついたこれらの言葉は、環境への働きかけをいっそう効果的なものにし、人を生かすものだった。物体や生き物の無尽蔵な豊かさを前にして、人はそれらのあいだに関係性を求めた。そして事物の無限の変わりやすさを前にして、不変なものを見出そうとした。”アンリ・ラボリ『新しいグリッド』—本書より

庭とは秩序に基づく空間である。
ヴェルサイユ宮殿に代表されるようなフランス式庭園では「秩序ある草花の空間」こそが美しい庭とされてきた。反対に人の手が入っていないような無秩序な草花の空間は美しい庭とはされず、荒地と呼ばれる。だが、そのような庭にもある種の美しさがある。それは力強く生きる「植物」そのものの美しさである。

植物は時に雨風に晒され、災害によって大きな被害を受けるが、鳥や虫が種子を運び、新たな生を発現する。自然の中で破壊と再生を繰り返し、その輪郭は変化していくが、こうしたダイナミズムこそが植物そのものの美しさであり、庭の主題なのだと、クレマンは語る。

荒地に植生する草花をモデルとしたプロジェクト『動いている庭』の特徴は“できるだけあわせて、なるべく逆らわない”—本書より。氏の庭造りとは、一つの主題を再現するためのものではなく、その土地に根差す「人間と自然との境界としての庭」をデザインすることである。

『動いている庭』に見る、デザインの在り方

改めて言うまでもなく、デザインの歴史も秩序と共にある。
バックミンスター・フラーも“複数の原理を相互に調整し秩序づける行為を私はデザインと呼ぶ”と言ったが、端的にデザインとは無秩序なものを秩序づけることである。とりわけ、20世紀は秩序が重視された時代で、「Less is more(少ないほど豊かである)」「Less but better(より少なく、しかしより良く)」などの思想がそれを拡大し、主題<コンセプト>から外れた無秩序な要素は排除される運命にあった。ただ、その厳格な秩序によって本質が正しく表現されていたかは別の問題であり、その点については疑うこともある。秩序だけが重要かと言えば、そういうわけでもない。ロバート・ヴェンチューリは当時の流行りに乗ったような「形だけの合理主義建築」を批判し、排除ではなく受け入れていくことで建築の中に多様性と対立性を持つ「複雑な統合」を説いたが、この構造は伝統的な庭園と『動いている庭』との関係性と類似する。『動いている庭』では、自然の無秩序さを受け入れながら、ある種の秩序へと昇華しようとしている。庭、そしてデザインにおいても、形式に当てはめたものが理想とは限らない。

デザインはしばしそのスタイルだけが語られるが、その本質はもっと深いところにあり、「動いている庭」では、そうした事実が明らかになる。重要なのはデザインとしてそれが体現されているかどうかである。

“いかなる形にも定められない存在として用意された庭。それがどんな見かけになるのか、想像するのは難しい。
わたしの考えでは、庭こそ形によって判断されるべきではない。むしろ存在することのある種の幸福、それを翻訳することができるかで判断されるべきだろう。”—本書より

“できるだけあわせて、なるべく逆らわない”こと

庭は植物とそれを取り巻く環境によって作られていく。デザインも内と外の関係性の中で生まれるものである。庭もデザインも本質的には同じであり、そこに違いはない。

まずは何もかも受け入れること、それから一つ一つを理解すること。
その先に自然な解がある。

“できるだけあわせて、なるべく逆らわない”
そんな言葉にこの仕事のヒントがあるような気がする。

“創出は生じるままにしておくこと。ある創出に、また別の創出が続いていくから。進化とともにあれ。”—本書より



動いている庭
LE JARDIN EN MOUVEMENT

著者:ジル・クレマン
訳者:山内朋樹
出版:みすず書房

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