デザイナーとして「対話」を軸に、チームやクライアントのために何ができるか考える
プラスディーでは、“人や企業の営みのすべてが、デザインの対象であり得る”という考えから、2021年9月より、社員全員が「X Designer」として自身の肩書を定義した。対象には、ディレクターやエンジニアなどのクリエイティブ職はもちろん、広報や経理などのバックオフィス職も含まれる。全員がデザイナーを名乗ることで、社内外にどんな変化が生まれるのか当事者である社員へのインタビューから明らかにしていく。
今回インタビューするのは、2021年に入社したデザイナーの齋藤瑞紀。デザインは人を助けるためのツールだと考える彼女に「Conversation Designer」を名乗る理由を聞いた。
- 齋藤 瑞紀:デザイナー「Conversation Designer」
ラジオ局グループの制作会社に入社し、Webデザイン/コーディングの経験を積む。クライアントと近い距離でクリエイティブに関わりたいという思いから、プラスディーへ入社。音楽、ラジオ、写真、アート、旅行など様々な分野に興味を持ち、知識の引き出しを増やし仕事に生かしたいと常に考えている。思い立ったらすぐに行動するタイプ。大阪芸術大学放送学科卒。
「対話」から生まれるデザインの可能性を大切にしたい
――プラスディーでの仕事の中で、最も印象に残った案件は何ですか?
入社してすぐに担当した、「TOKITOKI」の公式サイト制作です。
TOKITOKIは、長崎県雲仙市に位置する築190年の古民家を改修して誕生した一棟貸しの宿泊施設です。
今までは公式サイトがなく、外部の宿泊予約サイト上でフォーマットに沿って情報や写真を見せることしかできていませんでした。今回のサイト制作の目的は、宿独自の魅力が伝わる公式サイトを制作し、こだわりある旅人たちに興味を持ってもらうことにあります。意匠設計がとても素敵なのでそれをしっかり見せるのはもちろん、歴史や建物をつくった人の想いが伝わるデザインにしようと心がけました。
サイトデザインのテーマのひとつとして、「地元の人の顔が見えるサイト」を挙げました。TOKITOKIの魅力のひとつに、地域の人との触れ合いがあります。チェックインを宿ではなく駅の近くの衣料店で行ったり、朝食は近くの宿の女将さんが地元の食材を使った料理をわざわざ届けに来てくれたりするんです。
最初のデザイン案では地元の人のお写真は載せていなかったのですが、テーマにしている地元の人との関わりを宿に来る前からサイトで感じてもらえるようにするにはどうしたらよいかを考え、顔写真をサイトに掲載できないかクライアントと共に掛け合いました。
地域の方の顔が見えることは宿に来る人の安心感にも繋がりますし、サイトを見ることでその人に会ってみたいと思ってほしいという願いを込めています。
――目的達成のために齋藤さんが行ったことを教えてください。
クライアントが建築士として自ら古民家を改修していることから、建築部分に関わる想いもサイトで伝えられないか工夫しました。
そのためには直接言葉を聞く必要があると考え、オンラインツアーをしてもらえないか?とお願いしたんです。建物とサービスに関するこだわりをとても細かく説明いただいたおかげで、TOKITOKIの魅力を一層深く知ることができました。
――クライアントの話を聞く中で新たに生まれた表現はありましたか?
サイト内に載せた「お宿のご紹介」エリアです。
TOKITOKIでは、一棟それぞれの場所にコンセプトがあり、その場所ならではの名前がつけられているんですが、なんでこの名前になったんだろう?という疑問を直接クライアントに聞き出したことから生まれました。
例えば、「光と影の寝床」は、月を模した照明が部屋を照らしていることが由来です。クライアントの想いを対話の中で丁寧に聞いたからこそ、ユーザーに向けて宿の想いを届けられる表現になったかと思います。
また、アニメーションにもこだわっています。宿の写真とフロアマップ、場所の説明を一連の流れの動きの中で見せることで情報をまとめて見やすくしています。
目指す目標に向かって突き進む行動力
――デザインに興味を持ったのはいつからですか?
小学生のとき、地元で毎年開催されている水彩画の公募展で2年連続大賞をとり調子に乗ったことが始まりだったかもしれません(笑) 。小さいころから絵を描くことが好きな子どもでした。
両親の協力もあって、美術館をたくさん巡ったり、彫刻や陶芸を習ったりしました。おかげで美術全般が好きになりました。ただ、話すと長くなるのですが、両親の期待を受け高校は進学校に通うことになり悩みも増えていきました。
――どんなことが悩みだったのか教えてください。
入学後では特進クラスに割り当てられたのですが、特進クラスは1学年に1クラスでした。高校3年間はずっと同じクラスメイト、同じ担任と共に過ごたんですが、頭のいい大学に行くことがよしとされる雰囲気に馴染めなかったんです。成績も落ち、自分は何がしたいのか?どんなことを学びたいのかを志望校を決める時期に悶々と悩むようになりました。
そんな中で、好きだったラジオを聴きながら勉強をしていたところパーソナリティが話していた「好きなことやればいいじゃん!やりたいことやりなよ!」という言葉がすごく心に刺さって。ラジオに関わることを大学で勉強したいと考えるようになったんです。
担任から「あなたは美大系は向いてないんじゃない?」と言われたのは、今でも思い出すくらい悔しい思い出です。母親にも反対される中、どうにか認めてもらおうと説得材料を集め、親に自分のやりたいことをプレゼンしました。そこでようやく認めてもらい放送学科がある大阪の大学に進学しました。
――大学ではどんな事を学んでいましたか?
ラジオについて学ぶつもりでいたのですがラジオ以外にも映像や広告などのマスコミュニケーションについて幅広く学び、結果的に、映像に関わることすべてを自分で行うことにやりがいを感じてドキュメンタリーを専攻しました。企画にはじまり、取材依頼、構成、カメラ、編集、インタビューなど、制作過程の中で人と関わることが楽しいと感じるようになって。
大学外のコミュニティにも進んで参加していて、大阪のラジオ局(FM802)の学生団体に応募したり、趣味で収集していたフリーペーパーを作る学生団体に所属したり。興味が沸いたものにとにかく飛び込んでいきました。
――いつからデザイナーを目指すように?
フリーペーパーの学生団体では、周りにいるのがデザイン学科の学生ばかりでした。話している専門用語はわからないけれど、なぜかかっこいいと感じたことがデザイナーを目指すようになったきっかけかもしれません。
団体内ではカメラマンとして活動しつつ、PhotoshopやIllustratorを自主的に覚えていきました。そこからどうしたらデザイナーとして働けるかを考えていきました。
――大学時代の印象的なエピソードがあれば教えてください。
就活が始まり自分の進路に悩んでいたときに、ゼミのOBが仕事のおもしろさを話してくれる講義がありました。その中に、Web制作会社で働いている方がいたんです。
自分の周りは放送系の制作会社に入る人が多かったので、講義内でのWebやデザインにまつわる話は初めて聞くものばかりで新鮮でしたし、仕事内容を聞いて、自分のやりたいことそのものだ!とビビッときました。講義後に名刺をいただき、その日にメールを送り、就活の相談がしたいと会社訪問の約束までとりつけましたね。
――すごい行動力ですね。
Web制作に興味があって、デザインをやってみたいんです。と相談したのですが、「やりたいのに今行動に移せてないのはやりたくないってことなんじゃない?」と言われてめちゃくちゃショックを受けたことを覚えています。
大阪に帰ってWeb業界で就活をしていく中、デザイナーになるためにどうしたらいいかを自分なりに調べていきました。新卒や未経験での求人は少ないので、中途採用に的を絞り段階を踏んでデザイナーになろうと考え前職の会社に入社しました。
クライアントと対話しながらデザインに関わりたい
――前職ではどんな経験をされていましたか?
新卒から8年間、ラジオ局のグループ会社で自社サービスの運用や広告代理店の案件、ラジオ番組のサイトのデザインやコーディングを行っていました。デザインに関しては、Webに限らず紙ものやロゴ制作など幅広く制作していました。
入社当初は先輩の元でディレクターとしてディレクション業務を学び、その後はコーディングをしながらデザイナーとしてのスキルを高めていきました。Web制作の一連の流れを経験していることは今でも自分の強みになっていると思います。
――プラスディーに入社した理由を教えてください。
クライアントと対話をしながら、プロジェクトの上流からデザインに関わっていきたいと思ったからです。
広告代理店のプロジェクトは、限られた時間の中でクオリティが求められることが多く、デザインの実力が鍛えられました。とはいえ、企画が決まった状態で現場まで下りてくることがほとんどなので、自分であればこうするのにというアイデアを伝える場所がありませんでした。直接クライアントと対話が出来る環境で、クリエイティブだけではなく、ブランディング領域から分析まで一貫して行いたいと考えたのが転職を決めた理由です。
アウトプットの領域が広いので、クライアントの課題解決のため最適な提案ができるというのも魅力でした。
実際、働いてみるとプランニングの部分からデザイナーやエンジニアが参加してプロジェクトが進んでいくので、自分のやりたいことを実現できる土壌があると感じます。
――プライベートでデザインの意義について考えた経験はありますか?
唐突なんですが、実は私、死にかけたことがあるんです。一人目の子の出産の際に妊娠高血圧症で気を失ってしまいました。立ち会った夫が、「初めて人が死ぬ瞬間を見た」と振り返るくらい、危ない状況だったようです。そんな経験から、生きることや福祉について今までより深く考えるようになりました。
産後、回復してからそれと自分の仕事とが関連づいていると思ったのが、ヘルプマークやマタニティマークの存在です。私自身、出産の前後にこれらのマークをつけて生活をしましたが、見ず知らずの方が手を差し伸べてくださる機会が何度もあって。デザインされたマークによって人と人との関わりが生まれ、人が行動に移してくれるって実はすごいことなんじゃないか?と身をもって体感したのは大きな経験でした。
二人目の出産時にも、いろいろと考えさせられる経験をしました。第一子の育休から復帰して半年くらいで第二子の産休に入り、世間はコロナ禍。第一子を産んだ地元の病院からは分娩拒否され、急遽都内の病院に受け入れてもらったんです。こんな状況で生まれてきてくれた命や、医師や看護師の方々に感謝しながら、命を扱う仕事の大切さを知りました。
例えば、「小さいに病気をして、お医者さんに助けてもらったから、将来医者になりたい!」と思う人がいますよね。その感覚と一緒で、私も恩返しがしたいという気持ちがフツフツと沸き上がったんです。ただ、私の場合はこれから医療関係の仕事を目指すのではなく、今の自分にできる恩返しはなんだろうと考えました。そうしたらやっぱり、デザインしかないなって。
人が豊かに生きていくためには教育が必要で、人が何かにつまづいたときには福祉の手助けが必要で、人が健康に生きていくためには医療が必要です。
子どもを育てていく上で、自分が生きてきて無意識に享受していたこの3つのことをより強く意識するようになりました。
――お子さんを育てながら働く中で感じることはありますか?
プラスディーはリモートワークが可能なので、その日にすべき仕事が終わっていれば子どもとの時間も設けることができます。前職では仕事と育児の両立が難しく、仕事を辞めようかと考えることもありました。今は、子どもがいても働きやすいよう周りも気にかけてくれるため、自分のやりたい仕事ができていると感じますし、転職してよかったと思います。
自分の母が家庭と仕事を両立しながら管理職も務めるような人だったので、自分も同じようにタフに働いていきたいと思っています。キャリアとしても自分の可能性を信じていきたいですね。
デザインの力で誰かを助けられる日が来るかもしれない
――自身を「Conversation Designer」と定義した理由を教えてください。
先ほど話した話にも重なるのですが、「対話」こそがデザインの根底にあると私は考えます。
仕事における、メンバーやクライアントとの対話はもちろん、プロジェクトを円滑に進めるために大切なのは、コミュニケーションです。
もともと人と話すのが好きなこともあり、前職でもディレクターやエンジニアといった様々な職域の人たちとコミュニケーションをとってきました。些細なことではありますが、どうしたら案件がスムーズに進むのかを常に考え、対等に話せる努力をしてきました。
映像制作やディレクション、コーディングといった制作における様々な領域を経験したことを活かし、できるだけプロジェクト全体を俯瞰して、自分ができることは何か、スケジュールは滞りなく進んでいるか、困っている人がいないかを意識してきたことも、自身を「Conversation Designer」と定義した理由のひとつです。デザイナーの職域にとらわれず、プロジェクトチームの一員として対話を重ねることで、よりよい結果が生まれることを第一に考えています。どれも、自分が経験したからこそわかった考え方です。
大学生のころ、東日本大震災を実家の山形で経験したことも考え方の根底にあると感じています。テレビが見れない中、ラジオから聴こえてくる音楽に何度も涙しました。自分の仕事は、広告領域のデザインが中心だったので最悪無くてもいい仕事なのではと思ったこともありました。でも、視点を変えれば楽しみを提供することで、救われていく人もいるのではないかと思ったんです。グラフィックや見えるものだけがデザインではありません。幅広いデザインの領域の中で、デザインで人の生活を豊かにしたい、誰にとっても生きやすい世の中にするためにデザインが必要なのではと考えるようになりました。
――デザイナーとして大事にしているものは何ですか?
一番重要だと感じているのは設計・情報整理です。
世の中の誰もがWebに詳しいわけではありません。整理ができていないと、サイトに訪れたとしても、自分がほしい情報までたどり着けない人が出てきてしまいます。まずは、誰が見てもわかりやすいサイト設計を心がけています。この考え方に至ったのも、子どもがいることが大きいかもしれません。子どもを生み育てる中で、社会弱者と呼ばれる人たちも含め、さまざまな状況の人が社会に存在していることに気づきました。デザインの考え方を使うことで、ほしい情報がほしい人に届く手助けができたらいいなと思います。
――仕事をする中で面白いと感じる瞬間は?
クライアントワークは、対話がきっかけで生まれるものがたくさんあって、予測不可能なところがとても面白いです。
また、プロジェクトメンバーと話をしながら、クライアントも一緒にひとつのチームとして、同じところに向かって進んでいる時を楽しいと感じます。
直接的に命を助ける仕事ではないですが、デザインを通して人との対話が生まれ、課題が解決され、少しずつ世の中が豊かになっていると感じることがあります。
妥協することなく話し合うことで見える世界を知りたい
――どんな人と一緒に働いてみたいですか?
こんな人と働いてみたいな、と思うのは、いい意味でクセの強い人。私自身が、意見をはっきり言うタイプなので、同じくらい意見をぶつけてくれる人と一緒に働きたいです。
プラスディーは年齢関係なく自分で物事を考えて行動できる人が多いので、一緒に働いていてとても楽しいですし、刺激になります。
――メンバーと意見がぶつかったときはどうしていましたか?
まずは、自分の考えを素直に話すようにしています。お互いが納得するために必要なのは対話です。何度も話し合いをして、考えをすり合わせないと同じ方向に進めないと考えています。
対話の相手がデザイナーならデザインをする目線で。ディレクターならディレクションする目線で。それぞれの職域で誰もが妥協せず得意分野の知識を出し合えば、相乗効果できっと素敵なものができると思います。思う存分話し合ったその先にすごいものが生まれる気がします。
――今後挑戦したいことはありますか?
今担当しているプロジェクトでは、自分と同じ年代で子どもを持つ女性をターゲットにした製品のサイト制作を行っています。デザイン以外のディレクション領域にも踏み込んで、実際に自分で製品を使いながらサイトでの見せ方を探っている最中です。
ターゲット像に当てはまる人間として、このサイトを作った意図や、見た人にどんな感情を抱いてほしいかといった、コンセプトや想いを盛り込んで提案を進めています。
クライアント、ユーザー、制作チームのディレクターやエンジニアなど、あらゆる立場の人に寄り添いながらデザインができることはひとつの強みだと感じています。自分のパーソナリティも含めて案件にアサインしてもらえたことが嬉しく、結果を残せるよう奮闘している最中です。
キャリアを重ねる中で、いずれは福祉や教育の仕事をいただけるタイミングもあるかもしれません。その際にはこれまでの私の経験を活かし、生きていく上で切っても切り離せない教育や福祉、医療におけるデザインの重要性や、人の生活を支えるデザインの役割、可能性をさらに探っていきたいです。
写真:西田優太